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ジャズは、歴史的に見ると20世紀の初め頃にアメリカ南部のニューオーリンズあたりで白人音楽と黒人音楽が融合して生まれた、といわれています。ニューオーリンズというのはミシシッピ川の河口にある港町で、その歴史的背景と社会的な環境は他のアメリカの都市とはだいぶ違ったものだったようです。その辺をまずは歴史的な流れの方から簡単に(本当に簡単で、しかもかなりの偏見入り)説明してみます。
ミシシッピ川流域に来たヨーロッパからの最初の移民は、16世紀初めのスペイン人達でした。彼らは中南米で金銀を求めてボッコンボッコン先住民を殺した人達と似たような動機でこの土地にやってきたようです。で、実際に金銀があったかどうかは分からないんですが、その後彼らはこの土地に定住するようになって、でもそれからしばらく経った17世紀末にこの土地はフランス領となりました。もちろんその後はフランスの山師も大挙してやってきて、あとから話す黒人奴隷を酷使して、大農貴族となりました。いってみりゃ成金ですな。しかしナポレオンの時代になって、彼はこの土地を1500万ドルでアメリカ合衆国に売っ払ってしまい、その結果、このルイジアナ一帯はスペイン→フランス→アメリカ出身の人達とその子孫たちが暮らす、人種的に複雑な土地になりました。
まあこれだけだったら人種的に複雑とはいってもたいしたことないんですが、この土地では大規模なたばこや綿花の栽培用の労働力として、アフリカからたくさんの黒人が奴隷として連れてこられました(それは18世紀の初めの頃から激しくなったようです)。黒人奴隷も、最初のうちは西インド諸島を経由して連れてこられていたんですが、だんだんと直接北米に連れてこられるようになりました(だから同じ黒人でも文化的に違う背景の人達が増えた)。
そしてこうしてアフリカから連れてこられた黒人女性の奴隷の中には、白人の主人の子供を産まされる者も少なからずいました。そうして産まれた子供たちは、ニューオーリンズ周辺では「クリオール」と呼ばれ、白人と同じ地位を与えられていたそうです。こうして黒人だけみても西インド諸島経由の黒人、アフリカから直接来た黒人、アメリカで白人との間に生まれた黒人という非常に複雑な人種構成が出来上がったわけです。
ここでちょっとクリオールについて簡単な説明をしておきます。クリオールというのはいってしまえば黒人と白人のハーフ(またはその子孫)なんですが、白人の血が入っている、という理由で(だと思うんですが)、ニューオーリンズ周辺では白人と同じように扱われていたそうです。そういうわけで、彼等は背景に黒人の文化を持ちつつも白人同様の教育を受けることができ、また自分の子供たちにもヨーロッパスタイルの音楽教育を受けさせたりもしました。そのため、その他の黒人に対して、特に芸術面でのエリート意識を持っていたようで、その他の白人同様に黒人奴隷を見下したりしていたようです。そう考えるとちょっとやな奴等かもしれないんですが、その後、彼らは「中途半端な存在」として、非常に可哀相な目に会う事になります。次のページでは社会的背景の変化に伴って、クリオールがジャズの誕生に果たした役割を述べていきます。
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