今週は、こちらのサイトでお馴染みの甘枝さんに執筆していただきました。全然更新ができなくて、長いことお待たせした割には自分の書いた原稿じゃないんですが、私が書くよりよっぽど面白い文章なのでお許しいただけることでしょう。やっぱり持つべきものは文章の上手い友達だよね♪ いや、それにしても今までこの名アルバムを紹介してなかったという事実には我ながらびっくりしました。ジャズサイト運営者としての自らの資質に疑問を抱いてしまいました.....。


 私がこのアルバムの存在を知ったのは、大学1年の時だった。当時属していた音楽系サークルの先輩にジャズ好きの人がいて、その人の周辺には常にスタン・ゲッツやチェット・ベイカーの曲がさりげなく漂っていた。ふうん、これがジャズか。格好良いな。 そう思った私は、先輩の家を訪れた際に「なんかああいう、ぐっとシビレる感じのやつを聴かせてください」と頼んだ。今思うとなんちゅう曖昧、かつ他人任せ、かつお恥ずかしい注文だろうか。こういう者にはサバの悪くなったのでも与えれば充分なのだが、しかし先輩はその点人が好かったので、軽く笑いつつも「これは?」と1枚のCDを出して見せてくれた。それがこのアルバムである。

 先輩は私の嗜好をするどく見抜いていたようで、注文通りに私はシビレた。3回シビレた。まず最初はそのジャケットに。見るなり私は「これは‥‥」と息を呑んだ。すごいバアサンが出てきた、と思ったのである。写真がモノクロなのとヘレンの表情が渋面なのとで、髪は総白髪に、顔は皺だらけに見えたのだった。 だからその後先輩の説明で実はこれがヘレン・メリル25才の時の作品だと知って、私はさらに驚愕した。 しかしま、そんな年齢のことはどうでもよく、というかまったく無関係に、このジャケットはカッコイイ。 ヘレンのシャウトっぷりもさることながら、全体を覆うブルーの色味がまた格別に良い。シアン色というのか、水色のわずかにくすんだ感じが彼女の声に実によく似合っていると思う。

 ジャケで早くも心を掴まれた私は、曲を聴いていよいよ本格的にシビレあがることとなる。 1曲目『Don't Explain』の出だしの ♪Hash now.... この一声を聴いた瞬間、私は思わず「フッ」と鼻を鳴らして笑ってしまった。あまりに渋すぎて。今日までこういう質感の声には出会ったことがなかったので。 彼女の声はよくハスキィとかスモーキィといった言葉で評されるが、私の印象はすこし違う。ハスキィというには幾分繊細さが過ぎ、スモーキィというにはやや水分が多すぎる気がする。そういった表現で言うならばミスティ、霧のような声というのが私の印象だ。やたら細かい水の粒子をプハァーっと吐きつけてくる感じ。 もしくは、ジャケの所でも書いたが「くすんだ」とか、或いは「つや消しの」といった言葉も似つかわしい。いずれにせよ、その声質が印象の多くを占めるのは間違いない。で、私はこういう声にしごく弱いのだった。

 すぐにCDを買い、何度も聴いた。はじめの頃はとにかく声や歌い方のことしか頭になかったので、曲の内容や背景についてはまるで無頓着だった。頓着するようになったのはそれからずっと後、興味が高じて自分でもジャズを歌うようになってからのことである。歌詞の内容を理解すると同時に、ヘレンに対する印象がすこし変わった。それまでは理屈抜きに「渋いねッ!クールだねえッ!」と唸るばかりだったのが、曲によっては「うわ暗ッ! 翳ってるねえ.....」と、別の意味で唸らされるようになった。 たとえば先程も触れた『Don't Explain』。これはシャツの襟に口紅をつけて戻った男に向かって、その弁解を遮るように「はいはい、帰ってきただけで上々ですよ。もうわかったからツベコベ言うなはよ風呂はいれ」と言い放つ話である。オリジナルはビリ−・ホリディで、自身の体験を元にしているせいか彼女の歌うそれは皮肉たらしい口ぶりで、ムカッ腹立ててんなー、というのがよくわかる。おおコワ、でもわかりやすい、といった感。 ところが一方、ヘレンがこの曲を歌うとなると、雰囲気は一転して別のものとなるのだ。ビリーが全面的に「怒」の態度を表明してきたのに対し、ヘレンは限りなく平静を努め、そのことで逆におのれの「哀」を見せつけんとする。ビジュアルイメージでいえば、ビリーの場合は男が玄関のドアを開けるなり仁王立ちして待ってる絵が浮かぶが、ヘレンは男が帰っても何事もないかのように明るく「おかえり、遅かったのね」とか言って笑顔のひとつも振りまきそう、ただし部屋の電気はわざとらしく落としたままだけどね、といった感じがする。健気といえば健気だけれどどこか陰湿な印象が拭いきれない。その場はお咎めなしでも後々引き摺りそうな。他人事で余計なお世話ではあるが「あなた、そんなことしてたら仮面夫婦になるよ」と心配したくなるほどだ。 なぜそう思うのか考えると、それにはどうも、ヘレン特有のあのウエットな声質が関係しているらしかった。

 また或いは、『What's New』という曲がある。以前別のシンガーがCMで歌っていたから、耳にしたことがある人も多いと思う。これは解説の油井正一によると「『ホワッツ・ニュー』とは『ハウ・ア−・ユー』のように格式ばらない、親しい挨拶のきまり文句。むかしの恋人に再会した時の心情を歌ったもの。」らしいのだが、ヘレンの腹の底からしぼりあげるような第一声♪What's New.... は、とてもじゃないが親しい挨拶のようには聴こえない。どちらかというと柳の下から♪うらめしや〜 覚えてますかわたしのこと〜 と化けて出てきたようである。「またお会いできてうれしい」と喜ばれつつも、男にとってはこれまた後味の悪い再会となりそうな・・・ 一旦ヘレンの声にそうした翳りを感じてしまうと、その前の『You'd Be So Nice To Come To』が『帰ってくれればうれしいわ』の誤訳で広まっているのもさもありなん、と思えてくるから不思議だ。これは本当は「(ぼくが)あなたのもとに帰れたらどんなにいいか」という、まるで立場が逆の歌なのだが、たしかに英語を知らずに聴くと、待つ身の女が相手の帰りを切望しているように見えてくる。そんな有り様なものだから、後半の『Born To Be Blue』など聴いた日には「そんなこと言うなよ、がんばれよ」と肩のひとつも叩いてやりたくなってしまうのである。 私だけですかね!? まあ上の記述を見てわかる通り私は実際がどうとかお構いなしに自分の妄想に走る癖があり、さらに悪いことには当時はその妄想をコントロールする術も持っていなかったので、歌の内実(妄想なんだけど)を知ってしまった以上、これはちょっと、今後のヘレンとのおつきあいを考えねばなるまいなあと思ったのであった。(彼女にはいい迷惑である)  また、さらに悪いことには、この頃ヘレンとは対照的に明るいサラ・ヴォーンを聴き始めており、その影響も大きかったと思われる。

 そういうわけで、その後しばらくはヘレンと縁遠い生活を送っていた。それがなんでまた聴くようになったのか、はっきりしたことは思い出せないが、まあ、ある日突然気が向いたんでしょうね。虫の知らせというか。(それはたぶん違う) 前の印象が印象だったのでなんとなく心の準備などし、また部屋も薄暗くして顔つきも少しやつれ気味に装うなどいらん趣向まで凝らしつつ臨んだのだが、結果としてそれは本当にいらん趣向であったことが判明した。なんのことはない、久々に聴いてみて私はまたも彼女の声に新たなシビレをもよおしたのである。 エエ声やん。しみじみとそう思った。一時は歌詞の内容にとらわれたり、それで安易な妄想に陥ったりしたものだが、あれは間違いであった。内容なんてどうでもいい、その声、その質感だけでこの人は充分素晴らしいシンガーではないか。泣きながら先の無礼を深く詫びた私は、全部が終わるとまた初めから聴いた。一度目に比べると心が落ち着いたせいか少しブルーの要素が強くなった気がした。もう一度聴くとそれがさらに色濃く感じられた。そして4度目になると、私は完全に憂鬱になった。 私はひょっとして、真性のバカじゃなかろうか。心底思いましたね。調子に乗ったせいで、またもや私はあの時と同じ、ひとり妄想の罠にはまっていたのだった。「ヘレンは一日一回まで。風通しの良い場所で聴きましょう」 以降、心にそう固く決めた私である。

 なんだかこれではちっともお薦めになっていないが、私の感化されっぷりは異常だとしても、少なくとも何がしかの魅惑がその声に込められていることは伝わったのではないかと思う。暗い、翳ってるというのも、そう聴けばそのように聴こえるだけであって、聴きようによっては甘くも暖かくも感じられることを付記したい。実際『Falling In Love With Love』なんかはちょっと小粋で余裕を感じさせるし、『'S Wonderful』に至っては非常に軽やかで楽しい気分になってくる。これで救われた気がするねぇ、と言ったらまたアレだが。それから触れるのを忘れていたが、ここで彼女と組んでいるクリフォード・ブラウンのソロは言うまでもなく格好良い。颯爽と出てきてパーンと色を添え、すっと引く。去り際ならぬ吹き際の実に鮮やかな人である。 このアルバムはレコードショップのジャズコーナにいけば大抵どこでも名盤扱いされているし、ことさらここで取り上げるまでもないかなとは思ったのだが、こうもメジャーだとかえって聴かず嫌いになっている方もひとりやふたり、最低でも一羽やニ頭くらいはいるのではないかと見込んで紹介した。 そういえば、先月タワレコに行った際に「2月中旬 福岡ブルーノートにてヘレン・メリルライブ決定」とかいう告知を見かけた。  彼女は1929年の生まれらしいから御年74才でしょう、ほんと日本好きですよね、以前住んでたとはいえ。

 というわけで、その昔バアサンだと信じて疑わずに眺めてたジャケットを今一度眺めつつ、甘枝でした。