暑い夏が始まりました。長野の高原出身(タダの山奥という話もある)の私には東京の夏はとてつもなくきついです。そういうわけで、春頃まではちょっと前衛っぽい激しめのジャズが好きなはずだった私も、この季節はボサノバばっかし聴いています。この「ジャズ・サンバ」はボサノバの流行を生み出した一枚であり、私の(特にこの時期の)愛聴版の1つでもあります。

 「ジャズ・サンバ」という大ヒットアルバムは、南米にツアーで出かけたギタリストのドナルド・バードがブラジルでボサノバを聴き、気に入って何とかアメリカでレコードに吹き込みたいと思い、スタン・ゲッツに話を持ちかけたことによって実現したアルバムです。それまでにもドナルド・バードはいろんなところに話を持ちかけていたらしいのですが実現しなかったそうで、この時に話を持ちかけられたゲッツも録音の2ケ月前に初めてバードが弾く「ボサノバ」という音楽を聴いたというほど、当時のアメリカでのブラジル音楽の認知度は低かったらしいです。したがってこのアルバムが作られたとき、その後のボサノバ人気を生むほどの大人気盤になるとはスタン・ゲッツもドナルド・バードも思っていなかったそうです。ゲッツにしてみれば2ケ月前に聴かされた新しい音楽がちょっと気に入ったから吹き込んだという程度のものだったので、まさに「棚からぼた餅」だったといえるんじゃないでしょうか。

 そうはいってもゲッツのサックスのクールな音色はボサノバのやわらかい雰囲気とよく合います。その出会いは運命的と言ってもいいかも知れません。それまでもクールジャズのテナーサックス奏者として名声を欲しいままにしていたのですが、このアルバムが録音された1960年代前半にはもうその人気にも陰りが見え始めてきていました。そこで心機一転して吹き込んだこのアルバムで復活したのでした。いや、復活というよりも更なる成長を遂げたというべきでしょうか。なんといってもこのアルバムに収録した「デサフィナード」で彼はグラミー賞を獲得し、ポップスチャートでも70週もチャートインするという偉業を成し遂げたのですから。

 またチャーリー・バードもこのアルバムにより、ジャズ・ボサノバのギター・スタイルを確立した第一人者として認知されていきました。それまでもアコースティックな音色で独特のポジションを築いていた彼ですが、このアルバムの大ヒット以降、ボサノバの演奏を活動の中心に据え、活躍しました。

 というわけで、このアルバムはアメリカ人によるブラジル音楽の録音ということで、ともすれば間違った解釈の下でレコーディングされる危険もあったのですが、このアルバムには幸いにもボサノバのエッセンスがぎっしり詰まっています。録音されている曲も、その後ボサノバを代表することになる曲ばかりで、歴史的にも音楽的にもボサノバ入門編として間違いのない1枚だと思います。